骨粗鬆症は、骨がもろくなり骨折しやすくなる病気です。日本では推定1300万人が罹患しているとされる国民病であり、高齢化が進む現代において重要な健康課題となっています。「静かな病気」とも呼ばれ、初期には自覚症状がほとんどありません。気づかないうちに進行し、ちょっとした転倒や日常生活での些細な動作で骨折してしまうことがあります。
医学的には、骨の量(骨量)が減少し、骨の構造が脆くなることで骨折しやすくなる全身性の骨格疾患と定義されます。私たちの骨は常に古い骨が壊され(骨吸収)、新しい骨が作られる(骨形成)という代謝を繰り返していますが、骨粗鬆症ではこのバランスが崩れ、骨吸収が骨形成を上回ることで骨の強度が低下してしまいます。
日本における骨粗鬆症の患者数は、高齢化に伴い増加傾向にあり、とくに65歳以上の女性の約50%が骨粗鬆症に罹患していると推定されています。高齢女性の健康課題として非常に重要とされる一方、男性の骨粗鬆症患者も約300万人と推計されていますが、女性に比べて見過ごされがちで、診断が遅れる傾向があります。
健康な骨は、外側の緻密な皮質骨と内側のスポンジのような海綿骨から構成されています。骨粗鬆症では、とくに海綿骨の網目状の構造(骨梁)が薄くなり、穴が大きくなるため、骨全体の強度が低下し、外からの力に弱くなります。
骨の強度は、単に骨の量(骨密度)だけでなく、骨の質も重要です。骨質とは、骨の微細な構造、コラーゲンなどの骨基質の質、ハイドロキシアパタイトの結晶化度、微小な骨折の蓄積などを含む複合的な概念です。骨の強さは「骨密度×骨質」で表されるため、骨密度が同じでも骨質の違いによって骨折リスクが異なることがあります。加齢やホルモンバランスの変化などにより、骨の新陳代謝のバランスが崩れることで骨粗鬆症が進行します。
骨粗鬆症は、一つの原因で起こるのではなく、複数の要因が組み合わさって進行します。主な原因と危険因子には以下のものがあります。
年齢を重ねることは最大の危険因子です。骨量は20代後半から30代前半にピークを迎え、その後徐々に減少します。40歳を過ぎると年間約0.5~1%の割合で骨密度が低下すると言われています。加齢に伴い、骨を作る細胞(骨芽細胞)の活動が鈍くなる一方、骨を壊す細胞(破骨細胞)の活動が相対的に優位になります。高齢になると、カルシウムの腸管からの吸収効率も低下し、ビタミンDの活性化も減少するため、骨の健康維持が難しくなります。日本人の場合、70歳以上の女性の約50%、男性の約20%が骨粗鬆症に罹患していると推定されています。
閉経に伴うエストロゲンの急激な減少は、骨粗鬆症のリスクを大きく高めます。エストロゲンは骨を壊す破骨細胞の活動を抑える働きがあるため、閉経後の女性は急速に骨量が減少します。日本人女性の閉経平均年齢は約50歳であり、60歳以上になると骨粗鬆症の有病率が急激に上昇します。また、若年期に無理なダイエットで月経が止まる(無月経)状態になった女性も、エストロゲンレベルの低下により骨粗鬆症のリスクが高まります。
以下のような生活習慣に基づく原因も骨粗鬆症を引き起こします。
骨の主成分であるカルシウムの不足は骨密度低下を招きます。
カルシウムの吸収を助けるビタミンDの不足も骨の健康に悪影響を与えます。日照不足や偏った食生活が原因となります。
適度な負荷運動は骨形成を促進させますが、運動不足は骨密度低下を早めます。宇宙飛行士の研究から、無重力状態では急速に骨量が減少することが明らかになっています。
タバコの有害物質は骨芽細胞の活動を抑制し、エストロゲンの代謝に悪影響を及ぼします。喫煙者は非喫煙者と比較して約1.5〜2倍の骨折リスクがあるとされています。
カルシウム代謝を妨げ、骨形成を抑制します。また転倒リスクも高めます。
1日に多量のカフェインを摂取すると、尿中へのカルシウム排泄が増加する可能性があります。ただし、適量であれば大きな問題にはなりません。
骨に適切な負荷がかからず、女性の場合はエストロゲンレベルも低下するためリスクが高まります。
特定の薬剤を長期間服用することで起こることがあります。とくにステロイド薬の長期服用は最も一般的な原因です。ステロイド薬は、骨芽細胞の活動を抑制し、破骨細胞の活動を促進させ、カルシウムの腸管からの吸収を減少させます。さらに、腎臓からのカルシウム排泄を増加させる、性ホルモン分泌を減少させる、といったメカニズムで骨に影響を与えます。
その他、抗けいれん薬、甲状腺ホルモン剤、ヘパリン、アロマターゼ阻害薬、プロトンポンプ阻害薬(PPI)、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などが、骨粗鬆症の原因となる可能性がある薬剤として挙げられます。
骨粗鬆症は初期にはほとんど症状がないため、「沈黙の疾患」と呼ばれます。しかし、病状が進行するにつれて様々な症状が現れ、最終的には骨折のリスクが高まります。
骨密度の低下により、背骨(椎体)が変形したり、小さな骨折(微小骨折)を起こしたりすることで生じます。長時間の立ち姿勢や座位で悪化しやすいのが特徴です。
背骨の圧迫骨折が積み重なると、背中が丸くなる「亀背(きはい)」と呼ばれる状態になります。身長が縮むこともあり、3cm以上の身長低下が見られる場合は脊椎圧迫骨折を疑う必要があります。さらに進行すると、腹部が前に突き出し、首を上げるために顎が上がり、首の後ろに脂肪の膨らみ(ダウエジャー・ハンプ/寡婦のこぶ)が目立つこともあります。
骨がもろくなるため、わずかな衝撃や負荷でも骨折しやすくなります(脆弱性骨折)。日常生活での些細な動作、例えば重い物を持つ、くしゃみをする、ベッドから起き上がるなどでも骨折が生じることがあります。
骨粗鬆症を放置し進行すると、骨折のリスクがさらに高まります。とくに起こりやすい骨折部位は、背骨(脊椎)、太ももの付け根(大腿骨頸部)、手首です。
突然の激しい背部痛で発症することが多く、無症状で進行することもあります。一度骨折すると、ほかの椎体で骨折を起こすリスクが約5倍に上昇します。複数の骨折が起こると、亀背が進行し、身長が短縮し、腹部の圧迫感や呼吸困難などの症状が現れることがあります。
高齢者の場合、寝たきりや要介護状態につながる可能性が高く、1年以内の死亡率も約10~20%とされています。骨折前の生活機能に回復できるのは約40%程度に留まると報告されています。
命に関わることは少ないものの、手の機能障害を引き起こし、日常生活に大きな支障をきたす可能性があります。手首の骨折を経験した患者さんは、その後10年以内に別の部位で骨折するリスクが約2倍になるため、「警告骨折」とも呼ばれています。
男性も骨粗鬆症になりますが、女性に比べて発症年齢が遅く、症状が出にくい傾向があります。また、女性に比べて二次性骨粗鬆症(ほかの病気や薬が原因となる骨粗鬆症)の割合が高いのが特徴です。男性の骨粗鬆症による大腿骨頸部骨折は、女性よりも死亡リスクが高いという報告もありますので注意が必要です。男性ホルモン(テストステロン)の低下も骨粗鬆症の要因の一つです。
骨粗鬆症は、単に骨がもろくなるだけでなく、患者さんの生活の質(QOL:Quality of Life)に大きな影響を与えます。骨折のリスクが高まることで、日常動作に対する恐怖感が生じ、外出頻度が減少し、社会的な孤立を招いてしまうこともあります。
また、身長が縮むことで内臓が圧迫され、消化器系の問題(胃部不快感、便秘など)が生じることや、呼吸機能の低下により息切れや疲労感が増すこともあります。
日常生活における具体的な影響としては、立ち上がりや座る動作、階段の上り下り、重い物を持つこと、長時間の歩行や立っていること、入浴や着替えなどの基本的なセルフケアが困難になるなどが挙げられます。また、痛みによる睡眠の質の低下もQOLを大きく損ないます。
心理的な影響も無視できません。将来の骨折に対する不安や恐怖、自立性の喪失に対する懸念、ボディイメージの変化による自己評価の低下、社会的活動の制限によるうつ状態、慢性的な痛みによる精神的ストレスなど、様々な心理的負担が生じることがあります。
このような日常生活への影響に対処するためには、住環境の整備(手すりの設置、段差の解消、滑り止めマットの使用など)、補助具の活用(歩行器、杖など)、日常動作の工夫、適切な休息と活動のバランスなどが重要です。
また、医療機関の医師や医療ソーシャルワーカーに相談し、介護保険による訪問リハビリテーションや福祉用具貸与などのサポート体制を整えることも大切です。心理的なサポートや患者会への参加も、QOLの維持・向上に役立ちます。
骨粗鬆症は初期に自覚症状がないため、定期的な検査による早期発見が重要です。
骨粗鬆症の診断において最も重要な検査が「骨密度測定検査」です。骨の強度を推定し、骨粗鬆症の有無や程度を判断します。主な測定方法には以下のものがあります。
現在、骨密度測定の国際標準とされている方法で、腰椎や大腿骨頸部などの骨密度を正確に測定できます。測定結果はTスコア(若年成人平均値との比較)やZスコア(同年代平均値との比較)で評価されます。日本骨粗鬆症学会では、確定診断にDXA法による腰椎または大腿骨頸部の測定を推奨しています。
CT装置を用いて三次元的に骨密度を測定する方法で、海綿骨と皮質骨を分けて評価できる利点がありますが、放射線量が比較的多い点が欠点です。
かかとや指の骨などに超音波を当てて骨の状態を推定する方法で、放射線被曝がなく簡便ですが、DXA法ほどの精度はありません。主にスクリーニング検査として用いられます。
骨密度測定と併せて行われる血液・尿検査では、骨代謝の状態や骨粗鬆症の原因となる病気の有無を調べることができます。
骨の形成と吸収のバランスを評価する指標として、骨形成マーカー(BAP、OC、P1NPなど)や骨吸収マーカー(NTX、CTX、TRACP-5bなど)を測定します。これらのマーカーは、治療効果の早期判定や骨折リスクの評価に役立ちます。
カルシウム、リン、アルブミン、腎機能、甲状腺・副甲状腺ホルモン、ビタミンD代謝物、炎症マーカーなどを測定し、骨粗鬆症の原因がほかの病気によるものかどうかを調べます。
脊椎(椎体)骨折または大腿骨頸部骨折がある場合は、骨密度値に関わらず「骨粗鬆症」と診断します。
その他の脆弱性骨折がある場合は、骨密度値が若年成人平均値(YAM値)の80%未満または-1.7SD未満であれば「骨粗鬆症」と診断します。
骨密度値が若年成人平均値の70%未満または-2.5SD未満であれば「骨粗鬆症」と診断します。
骨密度値が若年成人平均値の70~80%(-2.5~-1.7SD)の場合は「骨量減少」と診断します。
診断には、原則としてDXA法による腰椎または大腿骨頸部の骨密度測定が推奨されます。高齢の方では、腰椎の測定値が変形性脊椎症などの影響で高く評価されることがあるため、大腿骨頸部の測定値がより重視されます。また、骨密度だけでなく、FRAX(骨折リスク評価ツール)などを用いて総合的な骨折リスクを評価することも重要です。
骨粗鬆症の治療は、骨密度の低下を防ぎ、骨折リスクを減らすことを主な目的としています。治療法の選択は、患者さんの年齢、性別、骨密度の状態、既存の骨折歴、ほかの病気の有無などに基づいて個別に判断されます。
骨粗鬆症の薬物療法は、大きく分けて骨吸収を抑制する薬剤と骨形成を促進する薬剤の2種類があります。
骨を壊す破骨細胞の働きを抑えることで、骨量減少を防ぎます。
日本で最も広く使用されている治療薬です。アレンドロン酸(フォサマック、ボナロン)、リセドロン酸(アクトネル、ベネット)、ミノドロン酸(リカルボン、ボノテオ)などがあります。経口薬(週1回または月1回服用)と点滴製剤があります。骨折リスクを約40~50%減少させる効果が確認されています。
プラリアとして知られる注射薬で、6ヶ月に1回の皮下注射で投与します。強力に骨吸収を抑制し、椎体骨折、非椎体骨折、大腿骨近位部骨折のリスクを低下させることが臨床試験で確認されています。
ラロキシフェン(エビスタ)やバゼドキシフェン(ビビアント)などがあります。閉経後女性の脊椎骨折リスクを約30~50%減少させます。
骨を作る骨芽細胞の働きを活性化して新たな骨の形成を促します。
副甲状腺ホルモンの一部を合成した薬剤で、フォルテオ(連日自己注射)とテリボン(週2回医療機関で注射)があります。ほかの骨粗鬆症治療薬と比較して、最も強力に骨密度を増加させ、脊椎骨折リスクを約65%、非脊椎骨折リスクも有意に低下させることが示されています。
イベニティとして知られる新しい骨形成促進薬で、骨形成を抑制するタンパク質の働きを阻害することで、強力に骨形成を促進すると同時に骨吸収も抑制するという二重の効果を持っています。1ヶ月に1回、2本の皮下注射を連続して行い、使用期間は12ヶ月までとされています。
閉経後骨粗鬆症に対して、エストロゲン製剤(ホルモン補充療法:HRT)が用いられることがあります。骨密度を増加させ、全ての部位の骨折リスクを約30%低下させることが確認されていますが、乳癌などのリスク上昇も報告されているため、現在では第一選択薬としては推奨されていません。男性の骨粗鬆症でテストステロン値が低い場合には、テストステロン補充療法が考慮されることがあります。
薬物療法と並行して、適切な栄養摂取、運動療法、転倒予防などの非薬物療法も重要です。
骨粗鬆症は完全に治すことが難しい病気ですが、適切な予防策を講じることで発症リスクを大幅に低減させることができます。
カルシウムやビタミンDを多く含む食品を積極的に摂取することが重要です。カルシウムは乳製品、小魚、大豆製品、緑黄色野菜などに、ビタミンDは魚類、きのこ類などに多く含まれます。バランスの取れた食事を心がけましょう。
骨に適切な負荷をかける運動(ウォーキング、ジョギング、筋力トレーニングなど)は、骨形成を促進し、骨密度を維持・向上させる効果があります。バランス訓練は転倒予防に繋がります。
転倒による骨折を防ぐために、住環境を安全に整備することが重要です(滑りやすい場所の改善、手すりの設置、十分な照明など)。
骨の貯金は若いうちに作られるため、成長期から若い時期にかけて、適切な栄養摂取、適度な運動、禁煙などを心がけることが将来の骨粗鬆症予防に繋がります。
現在の骨粗鬆症治療は進歩しており、ロモソズマブのような新しい作用機序を持つ薬や、骨の再生を目指す再生医療の研究も進んでいます。将来的には、失われた骨を再生する治療法が登場する可能性も期待されています。
骨粗鬆症の最大の特徴は、初期段階ではほとんど症状が現れないことです。骨密度は30代をピークに徐々に低下していきますが、この減少過程で痛みなどの自覚症状はありません。多くの患者さんは骨密度が著しく低下するまで、自分が骨粗鬆症であることに気づきません。
早期に発見し、治療を開始すれば、骨粗鬆症による大きな生活の質の低下は防ぐことが可能です。そのため、とくに50歳以上の女性や、骨粗鬆症のリスク因子(喫煙、アルコールの過剰摂取、カルシウム不足、運動不足など)を持つ方は、積極的に検査を受けることをお勧めします。
気になる症状がある方や、骨粗鬆症のリスクについて詳しく知りたい方は、お気軽にご相談ください。当院では、地域の皆様の骨の健康をサポートするため、専門的な知識に基づいた診療とアドバイスを提供いたします。
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